「ふふふ。」
 思わず笑みがこぼれる。
事態は私の予測を上回る速度で進んでいる。
後はこの事態を収拾出来そうな人物<ミュラー・シルバ>の始末。
戦闘は私の本分では無いが、相手は重体。何の問題も無い。
 私は駆ける。成功を確信して。
「さ、この国はこれでおしまい。」
 不意に真上から女の声が聞こえた。
「そうね、その報いを受けてもらうわ。」
 背中に走る痛み。振り返っても誰も居ない。
また背中に衝撃が走り、私はそのまま倒れる。
体を動かそうにも力が入らない。
背中には何か暖かくじっとりとした感触が広がっていく。
 首にちくっとした感覚を感じた。

「王、こちらへ!」
 私を呼ぶ声に近づく。
王城は燃え、今は視界全てが炎に包まれているように見える。
黒煙がもうもうと上がっている。
「さ、ここに入ればもう……。」
 王の間の先には隠し通路がある。
その先は城の外に通じている。
 先に王の間に入った従者は吹っ飛んでいった。
「やあ、ついに本性を見せるのか?」
 振り返れば剣を構えた大男。
この男はナッシュバール王が亡くなった時から私の警護を勤めていた無口な男。
その男が私の前に立ちはだかり、従者を吹飛ばした。
 相変わらず喋らない。しかし、何をしたいのかは分かる。
「さぁ、そこを退け!」
 貴族の一人が叫ぶ。
男は当然引かず、ただその大剣を構えるだけ。
その姿を見て貴族達は怯むだけ。
後は暴走した軍、前にはほんの一日前までは私の護衛で今は得体の知れない大男。
そして城を覆う炎の壁が私を囲んでいる。
「ふふ。」
 どうやら……ここまでか。

「やぁ<巨猪>。久しぶり、元気?」
 どうにか間に合ったか。
周りには何人か倒れている。が、任された人物は今のところ無事。
「さ、早く行って。邪魔だから。」
「何を言っている、私は。」
「いいから行きなさい。」
「王、急ぎましょう。」
 まだ何か言っていたが聞き取れなかった。
どうやら行った様だ。後はどうやって私がこの場を乗り切るか、だ。
「良いのか<白兎>?」
「良いも悪いも無いわ。……約束だもの。」
「<毒蛇>がお前の行動を予測してなかったと思うか?」
 彼女がどこまで読んでいようが、それは私には関係ない。
私はこの<巨猪>を止めるだけ。
 一撃が重い。なので受ける事は出来ない。
避けるのは簡単なんだけど巨大な剣を難なく振り回すその力は脅威なのよね。
速さで翻弄しても、じっとこっちの息が切れるのを待ち続けられる忍耐力。
「まったくタフね!」
 渾身の一撃もその大剣に防がれる。
距離を取り隙を窺う。じりじりと近づいていく。
足を踏ん張り、一気に攻める!
一撃二撃と間断なく斬りかかる。四撃目まで大剣に防がれる。
ここで一つ息を吐いて、息を吸うと同時に再び攻める。
飛び掛った反動で後に下がり、上方へ飛ぶ。天井を蹴り後ろに回りこむ。
大剣を振り回し攻撃を防がれるが、予測済み。
反動をつけて距離を取る。再び構えて一気に詰め寄る。
振り下ろされる直前に大剣を避けて、左に回り込み<巨猪>を蹴り上げ更に高く飛ぶ。
シャンデリアを支えている鎖を斬る。
シャンデリアと共に落下。そこからもう一度飛ぶ。
<巨猪>の大剣がシャンデリアを弾き飛ばす。
相変わらずの怪力。しかし、充分な隙が出来た。
視線は私を見ているが、その大剣は振り下ろされたまま。
無防備なその巨体に私の剣が突き刺さる。

奇文屋TOPに戻る。